イラスト:MR004/文:ta_mama



ガイ誕/MR004


1月1日、早朝。
雲ひとつない晴天。日本晴れ。


普段は賑やかな商店街も、今日ばかりは軒並みシャッターが降ろされしんと静まり返っている。 往来を行き交う人影も殆どない。
窓から見えるのは正月の朝らしい閑散とした風景だ。


今頃……

手にしていた本に視線を戻し、ふとガイの表情が和らぐ。

ネジは日向家の重々しい正月行事に足を痺れさせているだろうか。
テンテンは家族とお節料理でもつついていることだろう。
お年玉をもらって上機嫌かもしれないな。

リーは……
天真爛漫な笑顔を思い出し、ガイの表情が陰った。

今頃、一人きりの正月を過ごしているのだろうか。
戦争孤児であるリーには家族がなく、弟子として受け持ってから数年、正月を一緒に過ごしてやるのが常だった。 勿論、リーを思ってのことだったが、独り身のガイにとっても愛弟子と過ごす正月というのはことのほか楽しいもので、毎年年の瀬が近付くとお節料理や正月飾りの準備に思いを馳せている自分に気付く。リーのためなどと言っているが、もしかしたらリーよりも自分の方が楽しみにしているのかもしれないと思う。
正月番組を見て笑いながら、お節をつついて。お年玉を渡して。それから、新年の抱負を決意も新たに熱く語り合う。昼過ぎにはネジやテンテンもやってきて、そろって初詣に繰り出すのだ。アイツら、おみくじの結果に一喜一憂するんだよなあ。去年はネジが『半吉』などと見たこともないおみくじをひいて、苦い顔をしたのを笑いあったっけなあ。思い出すとくすりと笑いが漏れた。

「あのー、ガイさん?」
「むっ!?」
怪訝そうな声に顔を上げると、薄気味悪そうにこちらを覗きこむアオバと目があった。
「さっきから本見ながら百面相して……何か変なことでも書いてあるんですか?……その、料理の本に」
と、ガイの手元を指さす。
「あ、いやその、ぅおっほん!!!何でもないぞォ!!!」
傍に人がいるのも忘れてにやけたり顔をしかめたりしていたことに急に恥ずかしくなり、ガイは意味もなく歯を光らせナイスガイポーズを決めてみた。
「ハァ…」
苦笑するアオバ。この流れで一体どんなリアクションを返せばいいのか全くわからない。カカシさんは年中ガイさんと一緒にいるけど、よくまあ付き合っていられるもんだ、などと感心してしまう。
「それにしても」
アオバは疲れたように椅子のヘリまで腰をずずずとずり落とし、天井を見上げてため息を漏らした。
「ツイてないですよね、正月から任務待機だなんて」
ここは上忍待機所。
ガイとアオバの他にも数人の忍が急な要請に備えて待機していた。
そして今日は、1月1日。
任務には盆も正月もない。だが忍とて人の子、こんなシフトを組まれた日には「よりによって」と心中舌打ちだってしたくもなる。
「仕方がなかろう、毎年誰かがこの任務にあたっているのだ」
「まーそうなんですがね」
「しかし何だ、暇そうだなぁアオバよ」
「は?」
「よし、折角の貴重な時間だ」
覗き込んでくるガイの目はキラキラと輝いていた。いやな予感がする。
「修行しようではないか!!!何がいい、腕立てか腹筋か懸垂か!!!」
言うなりガイは立ち上がり、フットワークも軽く準備体操を始めている。
「いっ……」
アオバの顔色が一瞬にして青くなった。冗談じゃない。木ノ葉の忍で、ガイの常軌を逸した修行内容を知らない者はいない。腕立てだって常人ならせいぜい100回や200回がいいとこだがこの人のメニューは常人と桁が違う。ましてや新年初の腕立てなんだからもう一桁上乗せだあ!!とか言いかねないのだこの人は。腕立て一万回!?いやいやいや冗談じゃない!!!正月から任務待機の上、おまけにガイさんの修行に付き合わされたなんて人に話したら、10人が10人心から同情のまなざしを向けてくれること請け合いだ。
いや、カカシさんと、リーとかいうガイさんの愛弟子は別か。
「て、丁重にっお断りいたします!!!」
ぶんぶんと首を振り両手を高速で交差させ全身で「お断り」を表現してみせると、意外にガイはあっさりと引き下がった。
「……そうか?」
ほっと胸をなで下ろすアオバ。
壁の時計に目をやる。9時をまわったところだった。待機明けまでまだかなりの時間がある。
折角だからと腕立てを始めたガイを眺めながら、急に任務が入りそうな様子もなくさて何をして過ごそうと暇つぶしになりそうなものを物色していた時。

こちらに向かってくる気配を感じた。

任務交代の時間にはあまりにも早すぎる。
正月のこんな時間から、一体誰が――?
と待機所のドアに注意を向けていると。

「失礼します!」

賑やかな声とともに勢いよくドアが開き、緑色のガイスーツに身を包んだ少年が深々とお辞儀をした。
「――あ、ガイ先生!!!」
「おお、リーではないか!!」
今度はオカッパ少年の後ろから、お団子頭の少女が顔を覗かせた。
「もうリーったら、ダッシュすることないでしょ!!……あ、いたいたガイ先生!」
「テンテン!!」
「ほらネジ、やっぱりガイ先生ってば筋トレしてたわよ」
少女が振り返った先には色白な少年が生意気そうな笑みを浮かべていた。
「おお、ネジまで……ってお前、本家の行事は?」
「ああ、トイレに行くと言って抜け出してきた」
「抜け出して…」
「別に俺がいようがいまいが影響はなかろう」
「ほら、先生が正月から任務だから、リーが寂しがってるだろうって♪」
ネ!と悪戯っぽい笑みをネジに向けるテンテン。
「テンテン!僕は寂しくなんてありませんよ!!」
「言いだしたのはお前だろう、テンテン」
けらけらと少女が笑う。
先ほどまでの待機所の気だるい雰囲気が一変し、みんなの顔が知らず笑顔になる。普段ならこのような上忍待機所で騒がしい……と険しい視線を送る者もいようが、大方師を慕って新年の挨拶にでも来たのだろうと思うと、自然顔も綻ぶというものだ。
「あっ、それよりも!!」
リーが他の二人に視線をやり、二人も頷いた。

「「「ガイ先生、おめでとうございます!!!」」」


「おうっ新年明けまして……」
「あの…ガイさん、腕立てはその辺にしておいたら……」
「む、そうだな」
未だ腕立ての体勢で床に這いつくばっていたガイは、アオバの提案に慌てて立ち上がり姿勢を正す。
「改めて、新年明けましておめでとう!!今年も熱血青春フルパワーでビシバシ鍛えてやるからな!!!お前ら、覚悟してついてこーいっっ!!!」
暑苦しい程のオーバーリアクションで決められたナイスガイポーズに、リーだけが「押忍!!」と反応し、他の二人は冷めた視線を送っているのを見て、思わず吹き出すアオバ。あの二人もガイさんのノリをあしらうのに大変なんだろうなあ…しかし正月も早々からこんな場所まで挨拶にやってくるなんて、ガイさんの慕われ様も半端じゃない。なんとも微笑ましいじゃないか。
「先生違う違ーう!!って…あ、そうか。新年明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます!!!」
「今年もよろしく頼む」
「……む?何が違うのだ?」
微妙に食い合わない会話に、ガイが小首をかしげて見せる。
「えっとね、私たちが最初に言った『オメデトウ』は、『お誕生日おめでとう』なの!!」
テンテンの満面の笑顔が合図かのように、リーがガイに駆け寄り、紙袋を渡した。
「ガイ先生、お誕生日おめでとうございます!!」
続いて、ネジもぶっきらぼうな様子で同じような紙袋を差し出す。
「ハイ、私からはコレ」
テンテンが手渡したものはさすが女の子といったところか男二人の素っ気ない紙袋とは違い、綺麗にラッピングされた小箱にリボンがあしらわれた、一目で「プレゼント」とわかる可愛らしいものだった。
「お前達……覚えていてくれたのか」
感激屋のガイは既に目を潤ませふるふると肩を震わせている。
「忘れるわけがありません!」
自分たちの誕生日も全て覚えていてくれて、パーティだサプライズだと様々な方法で喜ばせてくれるガイ先生。いつも自分たちのことを一番に考えてくれている、そんな素敵な先生の誕生日を忘れるわけなど。
「ガイ先生、開けてみて!」
崩壊寸前の涙腺をぐっと引きしめ、テンテンの提案にまずは一番小さな紙袋を開く。
「む、これは…?」
中に入っていたのは小さなお守りだった。
そこに書かれていたのは

『縁結び』

の文字。
傍でアオバが「ぷッ!!」と吹き出すのが聞こえた。
「ネジ…これは」
「見たとおり縁結びのお守りだ。日向家が代々氏子総代を務める由緒正しい神社で賜ったものだ。それを肌身離さず身につけておけば、きっと良縁に恵まれる」
「そ、そうか」
「ガイ先生もはたけカカシなんぞ追いかけまわしているからいつまで経っても縁遠いんだ」
「!!!」
アオバが真っ赤な顔をして、こみ上げる笑いを一生懸命こらえている。
ネジどういう意味だそれはわかっているのか?いやそんなはずはしかし勘の鋭い子だからもしかしていやでもこのようなみんなの前で……
ネジが自分とカカシの関係を揶揄している可能性の有無を努めて平静を装いながら高速で考えてみるが埒が明かない。それよりもまずネジに言うべき言葉があるだろう。
「ありがとうネジ、嬉しいぞ!!」
満足そうな、歳の割に大人びた笑みが返ってくる。ネジもネジなりに一生懸命考えてくれたんだろう。ガイはベストの内ポケットにそれをしまった。しかし、肌身離さず身につけるとなると……仮に任務先で倒れたとして、自分の持ち物から「縁結びのお守り」が発見されたとしたら。
ちょっと…いや、非常に可哀想な男になってしまうんじゃないだろうか。
身につける時間帯について、後でネジと交渉の余地があるな。
そう考えながら、もう一つの紙袋に手を伸ばす。ずっしりと重い。
中を覗くと……
「ガイ先生、僕のお手製の『特別熱血兵糧丸』です!!!」
普通の兵糧丸より一回り大きいサイズのものが、ぎっしりと透明な袋に詰まっていた。
「リーのお手製か!!!先生嬉しいぞ!!!」
「ハイ、ガイ先生の『特別青春漢方丸』を僕なりにアレンジした栄養たっぷりの兵糧丸なのです!!!」
あれを、アレンジ……。
その場にいた、リーとガイ以外の全員の顔が歪められたのに二人だけは気付いていない。
「大切に食べるからな、ありがとう、リー!!!」
「ガイ先生!!!」
ここでなぜ抱きあう必要があるのかわからないが、二人暑苦しく青春の抱擁を交わしている。二人の向こう側に夕日が見えたような気がして、アオバは目をしばたかせた。
「ハイハイハイ。もう、早く私のも見て下さい!」
テンテンが呆れたような拗ねたような声を出す。
「そ、そうだな、すまんすまん」
慣れない手つきでリボンを解き、およそガイに似つかわしくない綺麗なラッピングを破かないよう慎重にテープを剥がしていく。現れたグリーンの小箱に収められていたものは。
可愛らしいリボンやラッピングからはとても想像がつかない、ぎらりと黒光りする新品のクナイだった。
「おお、ありがとうテンテン!!!そう言えばテンテンの家は忍具店だったな!」
「そうよ、父に頼んで私も金打ちを手伝わせてもらったの!ガイ先生が任務で怪我しませんように、って願かけしてあるのよ」
「テンテン……先生嬉しいぞ!!」
「へへ…良かった」
はにかむような笑顔が何とも可愛らしく、他の忍達もそっと笑みを交わし合うのだった。



それから3人は何だかんだと昼近くまで待機所に居座り、リーやテンテンを中心にひとしきり賑やかに会話をしていった。ガイのそれは嬉しそうな様子に、3人に対して苦言を呈す者もなく、時折会話に突っ込みを入れてみたり、一緒に笑い合ってみたり、と。
正月の待機所としては、例を見ない程に賑やかな時間だったに違いない。


初詣に行ってきますとようやく3人が帰った後の待機所は、穏やかに静まりかえっていた。


ガイは先ほどから、テンテンにもらったクナイを陽に当ててその輝きを確かめたり、ネジにもらったお守りを内ポケットから出して苦笑してみたり、リーにもらった兵糧丸を手に取り「うーむ、何を練り込んだのか」とひとりごちてみたりしている。
そんな様子を傍から眺めながら、アオバは唐突に思う。

――部下の育成なんて厄介なだけだと思っていたけど…

――上忍になって、下忍を受け持つのも悪くはないかもしれないな
と。



「あ、そういえばガイさん」
「む?」
「言い忘れてましたよ」
アオバの表情からは午前中の疲れ切ったような様子はすっかりと消えていた。
ガイは不思議そうに問い返した。
「何をだ?」



「お誕生日、おめでとうございます」



2010/12/10 ta_mama





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